FC2ブログ

何やってんだ!





違和感??? :: 2009/09/29(Tue)

感じるとか、感じないという問題なのか。
もし感じないとすると、それは既に何かを
失っているのではないだろうか。

感じなかった 記事ココ

横綱審議会の委員長でこの発言である。
そりゃ、舐められて仕方がない。
今場所の朝青龍、確かに強かった。
しかしである。七日目の足蹴り、
そして、千秋楽のガッツポーズ。
相撲というものと、横綱をいうものを
彼は理解していないと言うことを示した。

最近、某女性委員が言い出しているように
彼は、相撲力士ではなく「アスリート」なのだ。

「奉納相撲」「奉納土俵入り」とかいう言葉に
代表される様に、相撲はスポーツである以上に
五穀豊穣を祈る「神事」でもあるのだ。
一体、世界中で神様に祈り、感謝するための
スポーツなんて言うのはこの相撲をおいて
他に無いのではないだろうか。極論すれば

相撲は八百万の神に捧げる神事なのだ。
そして、横綱はその神に一番近い存在の
一つであるということだ。
だから、横綱には、「横綱相撲」が要求される。
相手の力を受け止め、それでもなお打ち勝つ。
それで、負けては横綱ではないが、例え負けても
みんながっかりはするけど、非難はしない。

だって、横綱が一番強い事を誰もが知っている。

その相撲の根幹と言うべき部分を
外国人である朝青龍に解るはずがない。

だから、彼は勝ちに拘り、勝てば何も考えず
感情にまかせ、歓喜する。
彼は強いが、勝てばいいとだけ考えていると
思われるのは仕方がないんじゃないのか。
そうも考えるのだ。

師匠である若松親方や、今の親方連中は
こういう相撲の根幹を彼に教育したのか?
多分、「ダメだ」という経験的教育しか行わず、
理解させることなんて出来なかったのだろう。

だから良いというわけじゃない。
このままでは、相撲はただの何というか、
力自慢大会・・・そうではないな。
格闘技・・・。終いには初っ切りみたいなことが
堂々とまかり通ってしまうんじゃないか。

無差別級で行う数少ない競技の相撲
その意味を考えたら、違和感がない等と
彼をこのまま許せるのか

スポンサーサイト



  1. しかしあれ
  2. | trackback:0
  3. | comment:3